ずるいタイ人

2019年03月20日
先月、チェンマイ大学にて『第14回北部タイ大学生日本語スピーチコンテスト』が行われ、優勝者のスピーチ全文が某フリーペーパーに掲載されていた。

要約すると、ある貧しい山村に生まれた勉強熱心な女の子が、猛反対する両親を説得して独力で高校へ進学し、往復60kmの道のりを毎日バイクで通い、2つのバイトを掛け持ちして学費や生活費を自分で稼ぎながら、現在も大学で日本語を学んでいるが、これら多くの障害も少し見方を変えれば人生経験を積む良い機会であった、というような内容。

この優勝者には上智大学への1年間留学特典(授業料免除、往復航空券・生活支援金支給)が与えられたというのだから、貧しいタイ人にとっては夢のような出来事。絵に描いたようなサクセスストーリーに一同拍手喝采。

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…と思いきや、

スピーチコンテストに参加したタイ人一同(他の大学の学生や教師等)は

「彼女はずるい」
「最初から優勝が決まっていた」
「日本語能力は並なのに」
「貧乏でかわいそうに思われただけだ」

と非難囂囂。彼女が選ばれた理由がまったく理解できず、誰も納得していないと聞いて驚いた。

日本人の私としては素直に「偉いね」「よく頑張ったね」と思うし、(事前に原稿審査があったとのことなので)この子にほぼ決まっていたのも納得できる。

日本語の上手さだけを競うわけでもないだろうから、スピーチが特別上手くなかったとしても問題はない。むしろ(労せず日本語を習得したハーフみたいに)流暢すぎても選ばれにくい気がする。

支援の必要性がないお金持ちも選ばれにくいと思うので、貧乏だから、というのは多少はあったかもしれないが。


大多数の努力をしないタイ人は、少数の努力をしている(その結果、栄光を掴んだ)人の悪口を言い、自分を正当化しようとする。

そして物事の表面しか見ず、内面の輝きには関心がない。

ずるい人が上に立ち、ずるいことをして楽に大金を得る(というケースが非常に多い)社会なので、努力の末に大きな成果を手にしても「どうせずるをしたのだろう」としか考えない。


ずるい人がのさばるのではなく、努力した人が正当に評価されるフェアな社会になってほしいものである。
posted by k | タイ人
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